2021年ノーベル医学・生理学賞解説

PIEZOの発見物語

皮膚触覚のミステリーを解いたPIEZOチャネルの発見

2021年のノーベル生理医学賞を受賞したアーデム・パタプティアン博士の研究についての解説記事です。執筆した野々村は2013〜2016年にパタプティアン研究室で研究員をしており、研究のワクワクが若い方にも伝わると良いなと思っています。

目をつぶってあなたの身近なもの、例えば携帯電話、を触ってみてください。あなたはその物体の重さ・形・表面がスベスベかザラザラか、またその物体が動いているかどうかが判るでしょう。これらは皮膚触覚と呼ばれる感覚です。皮膚触覚は皮膚の下にある感覚神経が皮膚の変形によって活性化し、その情報を脳に伝えることで生じます。・・・上述の文章を読んで皮膚触覚を理解できたような気がするでしょうか? 実はとても大事な部分が抜けています。感覚神経はどのようにして皮膚が変形したことを知るのでしょうか?

パタプティアン博士と研究室のポスドク研究員のコステ博士は、この細胞にどんな種類の遺伝子のmRNAが発現しているのかを調べました(RNAシークエンス技術)。そしてそのmRNAのリストの中から、機能が知られてなく、また細胞膜貫通領域が2つ以上あるもの(「機械受容チャネル」は細胞膜貫通領域が2つ以上あると予測されたため)に対応するmRNAを一種類ずつ潰すことにしました(RNA干渉法)。(注釈:この二つの技術は2000年代に入ってから開発が進み使いやすくなったもので、RNA干渉法は2006年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。) 機械受容チャネルをコードするmRNAを潰した場合には、細胞をつついても電流が生じなくなると予想されます。コステ博士は毎週2、3種類ずつ候補となるmRNAを潰して、その効果を調べて行きました。そして72番目の候補mRNAを潰したとき、細胞はガラス棒で突かれても電流を生じなくなりました! このmRNAにコードされた遺伝子をパタプティアン博士は「ピエゾ (PIEZO)」と名付けました。ピエゾ(Piezo)はギリシャ語で「押す(Press)」を意味する名前です。

アーデム・パタプティアン博士は感覚神経を専門とする研究者であり、触覚の本体という生体にとって重要な分子が正体不明のまま残されていることに気付きました。そこで、この正体不明の機械受容体(メカノセンサー分子)の謎を解明することを目指しました。まずパタプティアン博士は、ある種類の細胞をガラスの棒で突くと細胞膜に電気的興奮が観察されることに着目しました。このことは、この細胞には機械的な刺激によって開くチャネル(イオンが通る穴を持つタンパク質)が存在することを意味します。しかしこの機械受容チャネルがどんな遺伝子によってコードされているのかは分かっていませんでした。これは大きなチャンスです! (注釈:目的とするタンパク質がどの遺伝子によってコードされているのかが判ると、遺伝子の塩基情報に基づいてタンパク質の機能を詳しく調べたり、体の中での役割を調べることが出来るようになります。)

PIEZO遺伝子の配列を調べると驚くべきことがわかりました。PIEZOは細胞膜貫通領域を38個持つ巨大な分子だったのです。比較として、TRPチャネルの膜貫通領域の数は6個です。そしてこのような大きな分子の場合、2000年以前の技術では遺伝子を調べることが難しく、このためピエゾがそれまでの研究では報告されていなかったのです。PIEZOは3つの分子で一つのチャネルを構成します。PIEZOチャネルの形は扇風機の羽のような形をしていて、3枚の大きな羽の真ん中にイオンが通過するチャネルの穴があります。そしてこの大きな羽の部分が細胞膜に埋まっていることで、細胞膜上の力の変化に応答してチャネルが開くのだろうということがその後の解析により分かってきました(この仮説を証明するための研究は今も続いています!)。

ヒトを含む哺乳類には配列がよく似たPIEZO1とPIEZO2の二つの遺伝子があります。このうちPIEZO2は感覚神経で多く発現し、PIEZO1はリンパ管や血管の内皮細胞や赤血球に多く発現していました。さて、パタプティアン博士がこのプロジェクトを開始した際に、皮膚触覚を担うメカノセンサーチャネルを見つけるということを目指していました。果たしてPIEZO2は皮膚触覚を担うメカノセンサーチャネルなのでしょうか? この問いに答えるためにパタプティアン博士は感覚神経でPIEZO2を失わせたマウスモデルを作成し、調べました。もしPIEZO2が皮膚触覚を担うメカノセンサーチャネルであるのなら、このマウスでは皮膚触覚が失われているはずです。研究を担当した大学院生のラナデ君は、マウスの背中に小さな紙テープを貼ってマウスの反応を調べました。普通のマウスであればこの紙テープを噛んだり蹴ったりして剥がそうとします。しかしながら感覚神経でPIEZO2を失わせたマウスは背中に貼った紙テープに全く反応しなくなりました。この動画をラナデ君から見せてもらった瞬間、私(野々村)を含む研究室のメンバーは興奮に痺れました。このデータは探し求めていた皮膚触覚の本体であるメカノセンサー受容体がPIEZO2であることを意味するからです!

パタプティアン研究室がマウスを用いた実験によりPIEZO2が皮膚触覚の本体であるメカノセンサー受容体であることを報告して2年後、医者の研究チームはPIEZO2が機能しなくなる遺伝子変異を持つヒトの患者を見つけ、彼らでは皮膚触覚が失われていることを報告しました。これらの患者さんは姿勢が悪いことから医者にかかることになり、その原因を探したところPIEZO2に変異があることがわかりました。これらの患者さんでは、手にした物が震えているかどうか判別できず、細い棒で皮膚をつつかれたとき先端が2つあるのか1つなのか分かりませんでした。また、目をつぶった状態で人差し指で鼻を触るという動作をするように言われると、健常者はこの動作をスムーズに行うことができますが、PIEZO2が機能しなくなっている患者では指先はなかなか鼻に辿りつきませんでした。このスムーズな動作は機械受容感覚神経の一部が筋肉や関節につながっていることで可能となるものであり、固有感覚と呼ばれています。固有感覚は運動をスムーズに行うためにも重要な感覚です。このようなテストから、PIEZO2がヒトにおいても確かに皮膚触覚や固有感覚を担うメカノセンサー分子であることが確かめられました。

こうしてPIEZO2が長い間ミステリーであった皮膚触覚を担うメカノセンサー分子であることがわかりました。しかしパタプティアン研究室の発見はこれだけにとどまりませんでした。PIEZO2やPIEZO1を介したメカノセンシングが体の様々な細胞で重要な働きをしていることが分かったのです。例えばPIEZO2は肺につながっている感覚神経にも発現していて、これが息を吸った時に肺の体積が増加することを検出して、呼吸のパターンを調節していることがわかりました(野々村の研究)。またPIEZO1はリンパ管や血管の内皮細胞に発現していましたが、これは弁という管内部のリンパ液や血液の逆流を防ぐ構造を作り出す際に必要であることがわかりました(野々村の研究)。これに加えて赤血球に発現するPIEZO1の活性がマラリア感染症の防御に関わることもわかりました。こうして、PIEZOを手がかりとして体の色々な細胞や臓器を調べることを通じて、PIEZOによりに細胞が「力」を検出し、臓器の様々な機能の調節に役立てていることが分かり始めてきました。

PIEZOの遺伝子が見つかってから約10年で上述のようにたくさんのことが分かってきました。生物学では1つの研究に5年以上かかることも普通です。パタプティアン研究室では研究室のメンバー(研究員と大学院生とパタプティアン博士)が活発に議論を行うことで研究のアイディアを広げていきました。そして各メンバーがそれぞれ得意とする実験を担当し、お互いのプロジェクトを助け合って進めることで、短期間に沢山の研究が行われました。パタプティアン博士はこのように活気ある研究室を作り出すためには、お互いの信頼関係を築くことや、各メンバーが研究と人生を楽しむことが大事だと考えています。このために、研究室では皆でキャンプに行ったり、卓球台を研究所に設置して一緒に過ごす時間を大切にしていました。また研究室内だけでなく、他の研究室とも精力的に共同研究を進めてきました。パタプティアン博士はユーモアも好きです。例えばPIEZO1を活性化する薬剤を見つけた時にこの薬にヨーダ1と名付けました。これは研究室の皆が大好きなスターウォーズのヨーダに因んでいます。スターウォーズの名台詞は「フォースと共にあれ」です。フォースは日本語で「力」を意味しますから、フォース(力)センサーであるPiezoを活性化する薬の名前としてぴったりですね。

こうして、長年ミステリーであった皮膚触覚を担う受容体としてメカノセンサーチャネルPIEZOを見つけたこと、そしてPIEZOをきっかけに体の色々な臓器でのメカノセンシングの役割を明らかにしたという功績によりパタプティアン博士は2021年のノーベル医学生理学賞を受賞しました(温度受容体TRPチャネルを研究したデビット・ジュリアス博士と同時受賞)。ノーベル賞受賞者の講演は12月7日(日本時間 夜10時)から行われます。ユーモア好きのパタプティアン博士がどんな講演をされるのか、私(野々村)はとても楽しみにしています。またパタプティアン博士は現在はアメリカ国籍ですが生まれはアルメニア人で、戦争から逃れるために18歳の時にアメリカに渡ってきたそうです。そして大学で基礎研究と恋に落ちたと語っています。ノーベル賞の講演ではもしかしたらその冒険のような半生についてもお話しされるかもしれません。パタプティアン博士の講演を聞いて、彼の研究と人生のワクワクを皆さんにも感じていただけると嬉しいです。

皮膚触覚は物体の識別だけでなく、握手やハグといった人間のコミュニケーションにおいても大事な感覚です。今回の皮膚触覚と温度感覚の研究に対するノーベル賞受賞が、皆さんにとって「感覚とは何か」、「感覚によって私たちは周りの世界とどのように関わりを築いているのか」を考えるきっかけとなり、体の仕組みの面白さを感じていただけると嬉しいです。また体の中で様々な臓器が正常に機能する際にはメカノセンシングによる調節が大事であることが、最近の研究によりようやく分かり始めてきました。このように、自分にとって一番身近な存在である「体」の内にはまだまだ沢山のミステリー(人類がまだ理解していないこと)があります。研究により「不思議」が「分かった!」に変わる瞬間が、私たち科学者/研究者にとって一番嬉しく楽しい瞬間です。