メカノバイオロジーでは、細胞、組織、個体レベルでの生体機能が周囲からの力学刺激によって調節される仕組みを明らかにしようとしています。生体が力学刺激に対して応答するにはまずその刺激を検出する必要があり、そのために生体各所にはメカノセンサー分子(あるいは分子複合体)が埋め込まれていて、それらセンサーが各所に生じるメカニカルストレスを感知しています。メカノセンサーがどのようにメカニカルストレスを感知するのかはメカノバイオロジー研究の主要テーマの一つですが、ここで注意しなくてはならないのは、外部からの力学刺激によって生体に生じるメカニカルストレスは生体の機械的性質に依存しているということです。
一般に、生体高分子からなる構造体、例えば細胞外マトリックス、細胞骨格、細胞、組織などは、固体的性質である弾性と流体的性質である粘性を併せもった粘弾性体として振る舞います。中学校で習うように、バネのような弾性体ではフックの法則に従って、変形量(バネの伸び)に比例したストレス(力)が生じます。一方で、粘性体に生じるストレスは、変形速度、すなわち変形の時間微分に比例します。粘性体の機械的挙動には時間の効果がでてくるのです。それでは、弾性と粘性の両方の性質をもつ粘弾性体にはどのようなストレスが生じるでしょうか。粘弾性体を変形させると、生じるストレスが時間とともに指数関数で減少していくことがみられます(図1)。これを応力緩和といいます。ストレス減少の時定数tは弾性係数Gと粘性係数hの比(t=h/G)で表され、粘性の効果が大きいほどストレスはゆっくり減少します。このような応力緩和現象のため、粘弾性体である生体構造が力学刺激を受けて変形した場合、見た目は変形したままでもそこに生じるストレスは時間とともに低下していき、それによってメカノセンサーの応答が弱くなることが考えられます。

図1. 粘弾性体における応力緩和。tは緩和の時定数。

図2. 波形状の周期伸展刺激を物体に加えた時(A)、物体が弾性体(B)、粘性体(C)、粘弾性体(D)であった場合に物体に生じるストレス。灰色部分は圧縮ストレスが生じていることを示す。
生体の粘弾性が力学刺激に対する応答に影響をおよぼしうる別の例として、力学刺激が周期的に変動している場合があります。例えば動脈血管は、ほぼ1秒ごとの心拍動による血圧変動のため約1 Hzの周期で押し拡げられます。また、肺は呼吸にともない4-5秒ごとに拡張します。このように周期的に変形をする生体構造ではどのようなストレスが生じるでしょうか。ある物体が図2Aのように周期的に伸展される状況を考えてみます。もし物体が弾性体であれば、物体の伸展度に比例した引張ストレスが周期的に生じます(図2B)。一方、物体が粘性体であれば、変形の時間微分に比例したストレスが生じますので、物体には引張ストレスと圧縮ストレスが交互に生じることになります(図2C)。これらに対して物体が粘弾性体の場合には、生じるストレスは弾性体のストレスパターンと粘性体のストレスパターンを重ね合わせたものになります(図2D)。ここで注意すべきは、物体を繰り返し引き伸ばしているだけにも関わらず、粘弾性体には引張ストレスのみならず圧縮ストレスも生じるということです。もしも生体に引張ストレスに対するメカノセンサーと圧縮ストレスに対するメカノセンサーの両者が存在しているなら、弾性体中では引張ストレスに対するセンサーの応答が時間とともに増減するだけですが、粘弾性体中では引張ストレスに対するセンサーと圧縮ストレスに対するセンサーが交互に応答することになるのです。
このように粘弾性体は、時間変化が関係する場面において、弾性体についてのイメージとは異なる挙動を示します。したがって粘弾性体である生体のメカノバイオロジーにおいては、「力」や「変形」のみならず「時間」というパラメーターについても考慮することが重要になります。
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